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史跡箕輪城跡保存整備-2
所在地 群馬県高崎市 業務内容 計画・設計・監理 年度 2011年〜
史跡箕輪城跡本丸西虎口門・木橋

本丸西虎口門・本丸から

本丸西虎口門・石垣
先にご紹介しております史跡箕輪城跡整備では、引き続き整備工事を行っています。

令和8年3月には、本丸西虎口門が完成し、先に整備しておりました木橋とともに公開が開始されました。
この門は、本丸に至る正規の出入り口で、間口が最も広く作られています。

門跡は石垣を低く積んだ区画の中にあり、発見された礎石の配置から高麗門と想定されました。瓦は発見されていないので、先に復元した郭馬出西虎口門と同様に流し板葺きにしました。門の両側には板塀を設け、矢狭間・鉄砲狭間をつくりました。

石塔の部材などが用いられた復元石垣
この整備では、遺構は地下に埋めて保存し、その上に復元しています。

門を囲む石垣には梵字が刻まれた石塔の部材などが用いられていました。石塔の部材は遺構の石材から型取りし、GRC(ガラス繊維補強セメント)でレプリカを作って自然石と組み合わせて石垣を復元しました。

木橋・本丸西虎口門・板塀 蔵屋敷から

木橋・本丸西虎口門・板塀
木橋は、橋台とみられる張り出しや橋脚の礎石が発見されたことから、この位置にかけられていたことが判明したものです。
箕輪城を治めた井伊氏は廃城後に高崎城に移動しています。この高崎城の図面史料に木橋を描いたものがあり、これを参考に園路として作ったものです。

木橋の構造は橋脚・橋桁等の構造部には集成材を用い、床板から上は無垢材を用いて、耐震性と高欄の安全性を確保したものとしています。
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